ペットロスについて考える 人とペットの関係 ペットロス 畜生界

人とペットの関係

ペットは良き心の友であり大切なパートナーです。
しかし、ペットを「うちのコ」と呼び家族以上に愛情を注ぎ、ペットにしか心を開けないようになってしまうと心配になります。

ペットフード・カットサロン・ホテル・装飾品等のペット関連産業も肥大化しています。
人間以上に贅沢になっていくペットの飼育環境の裏には、わずらわしい人間関係を嫌い、文句を言わないペットへのの偏愛があるのではないでしょうか。

また、高齢者はペットの面倒を最後まで見られるかを不安に感じ飼うことを諦めたり、ペットに遺産を遺したり、人と共に高齢化するペットの介護施設が必要になるなど、ペットとの関係は人生の締めくくりを考えるエンディングのひとつのテーマにもなっています。

ペットロスについて考える 人とペットの関係 ペットロス 畜生界

ペットロスとペットロス産業

ペットが死んだとき深刻な心の傷「ペットロス」も大きな問題です。

ペットロスから抜け出すためには、悲しみを隠さず表に出すのが良いといわれますが、周囲の無理解のために悲しみをため込み過ぎてうつ状態に進行することもあります。
ペットロスの知識がないと「こんなに悲しいなんて自分はおかしいのではないか?」と自責にさいなまれてしまいます。

そんなとき、悲しみを公然と分かち合える場が葬儀です。
ですから、ペットの葬儀を否定することはできません。
大切なパートナーの死に対する悲しみを受け止めてくださる仏さまがそこにはいらっしゃいます。

しかし、人間より贅沢なペットの葬儀や、人間とペットが一緒に埋葬されるお墓など「ペットロス産業」の台頭には疑問を感じます。
ペットへの深い愛情と、業界の過剰なサービスが歪んだ形に膨らんではいないか、冷静に考えたほうがよいのではないかと思えます。

ペットと仏教

仏教には畜生界と人間界は別であるという教えがあり、ペットと人間の葬儀や埋葬を対等に扱っていいのだろうかと疑問に思うことはありませんか。

「ペットと人のいのちの重さは違うのか?」
「ペットの魂はどこへ行くのか?」
「死んだらペットに会えるのか?」
等々の飼い主の側にはたくさんの思いがあることでしょう。

すべてのいのち、宇宙のすべてが仏になる存在だと法華経には説かれています。
畜生界も人間界も仏界も、心のありようで行ったり来たりするのです。
そもそも欲望のままにわがままな行動することを畜生といいます。
ペットを思うあまりに周りが見えなくなって、わがままになっていないか、自分が畜生道に堕ちていないかと省みることも大事だと思います。

飼い主が執着にまみれ畜生道に堕ち、飼い主との暮らしに心満たされていたペットが仏さまのもとで待っているということになるかもしれません。

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