自らのいのちをみ仏に捧げ感謝の意で日々を送ります 「かくの如き言をなす『南無釈迦牟尼佛 南無釈迦牟尼佛』と」 咸皆帰命 遙散諸物

「かくの如き言をなす『南無釈迦牟尼佛 南無釈迦牟尼佛』と」

「妙法蓮華経如来神力品第二十一」の一節です。

諸天のみ声を聞き終わって、十方のあらゆる国の人々が歓喜の心を抱き、合掌をして、お釈迦さまが法華経をお説きになられている娑婆世界に向かって「南無釈迦牟尼仏」と、繰り返し帰命(きみょう)の心をあらわしました。
これは第八番目の神力「咸皆帰命(げんかいきみょう)」です。
すべての人が例外なくこの教え「法華経」に帰依することを示されているのです。
そして、帰命の心を抱いたすべての人々はいろいろな華香や旗、装身具や宝物など、自らが大切にしている品物を遠く娑婆世界のお釈迦さまに向かって捧げられました。

その捧げられた諸のものは、まさに雲が集まるようにお釈迦さまのみ上を覆ったというのです。
これは人々の心から出た感謝の念であり、それを具体的に実行したのが第九番目の「遙散諸物(ようさんしょもつ)」です。

近年「こころの時代」と叫ばれてはいるものの、何を指針としていけばよいのかが伝わりにくいのが現実であり、また普段の忙しさに振り回され、本来あるべき姿を私たちが忘れていることも原因の一つでしょう。
私たちの苦悩を自らの苦悩と受け止め、皆が幸福であるよう願われたみ仏に全てを捧げられた日蓮聖人は「南無とはインドの言葉であり、中国や日本では帰命と言い、自らの命を久遠の仏さまにお任せして生活を営むことである」と示されました。
私たちの本来あるべき姿とは全てに感謝の心で日々を送ることであるとのご教示であります。

法華経について

咸皆帰命 遙散諸物

自らのいのちをみ仏に捧げ感謝の意で日々を送ります「かくの如き言をなす『南無釈迦牟尼佛 南無釈迦牟尼佛』と」