
平均余命と健康寿命
「平均余命」とは、ある年齢の人々がその後何年生きられるかという期待値のことです。ちなみに「平均寿命」は、0歳時における平均余命のことです。
平均余命の算出方法は複雑なので、ここで詳細は省略しますが、今年65歳になる私の平均余命は約十九年、何事もなければ、84歳まで時間があるということです。
しかし、日本人男性の「健康寿命」は72.5歳といわれているので、私が健康な生活できる時間は七年ほどしかないということになります。
最後の12年は病気や不調を抱え生きることになるかもしれないのです。
人生最晩年を健康に過ごすためには、食事・運動・睡眠・社会とのつながりなど生活習慣に配慮しなければなりません。
また、介護が必要になった時のために、老後の資金を貯え、保険への加入や家族と頻繁に連絡を取るなどの備えも必要です。
最後まで元気で幸せに一生を送るのが理想ですが険しい道が待っていることでしょう。
手厚い福祉政策で定評のある北欧諸国では、老衰で自然に亡くなることが人間らしい死の迎え方だと考えられており、胃ろうや点滴による延命措置はむしろ虐待とみなされているそうです。
日本では高齢者が介護を必要となる期間は欧米に比べて6年以上も長いそうです。
延命措置によって命を長らえたとしても、当事者は意識もなく、ただ時間を与えられているだけでよいのでしょうか。
医師から延命措置をするかと問われた家族は軽々にノーとは言えないでしょう。
元気なうちに家族と真剣に考えておきたいものです。
クオリティ・オブ・ライフ
自分らしい充実した人生を送ることを「クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)」(以下QOL)といいます。
心身が健康で、社会と関わりながら自立した生活を送っている人のQOLは高く、病気やケガで思うように動けなくなるとQOLは低下します。
個人の価値観や人生観によってもQOLは異なります。
若い頃と比べ健康状態や経済的状況などが大きく変わると、理想の高い人ほど満足できないことが増えQOLは下がるといわれています。
自分を中心に置いて、自分の都合だけでものを考えていると思い通りにならないことが増えてくるものです。
置かれている境遇を受け止め納得できるか、何を大切にして生きてきたか、この先をどう生きるかなど人生を見直してみると、QOLに変化が見られるかもしれません。
生死を離れる
仏教では、「死」はこれまで積み上げてきた「生」を分断するものではなく、次の「生」への通過点であると考えます。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の「六道」の中で生まれ変わりを繰り返す輪廻から抜け出し、悟りの世界を目指すのが仏道修行です。
仏道修行の支障になるのは煩悩・業・苦の『三道』です。
「煩悩」とは貪欲・瞋恚・愚癡。「業」とは煩悩によって起る言動。「苦」とは業の言動が原因となり六道輪廻の生死の苦しみを招くこと。
日蓮聖人は「ただ法華経を信じて、一心に南無妙法蓮華経と唱える人は、『三道』の迷いも悟りの『三徳』に転ずる」と説かれています。
『三徳』とは、「法身」(仏さまの身体)、「般若」(仏さまの智慧)、「解脱」(六道からの離脱)のこと。
煩悩に流されそうになったときには、法華経に登場する仏さまをお手本に自分も仏なるのだと思い描き、煩悩を智慧に転じようと努め、生死の縛りから離れることを目指せと諭されているのです。
単に長生きを望むのではなく、生死を含めたあらゆる変化に動じない心を育てられたら、そしていつか仏に成るために今できることを積み重ねていくことが出来たら、QOLも高まってくると思います。
エンディングノート