お寺の庭づくりワークショップ 第10回 「浄土」 各宗派僧侶によるリレー法話 「浄土とは」 浄土 阿弥陀 永寿院
お寺の庭づくりワークショップ 第10回 「浄土」

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住職の日々
2026-02-02 住職
各宗派僧侶によるリレー法話 「浄土とは」
宗派による浄土の違いについて4人の僧侶に10分ずつリレー法話をしていただきました。
当日の様子は動画でご覧いただけます。
https://youtu.be/3ZvlyMttGPs?si=V3Duf577laLr1vLv
真宗大谷派 横浜市光照寺住職 宮本龍太師
阿弥陀仏が仏に成る前に修行されていたとき、「すべての衆生が極楽浄土に生まれ変われなければ私は仏にはならない」と誓いを立てられました。阿弥陀仏は仏と成ったことでその誓いが成就したわけですから、私たちは極楽浄土に往生すると約束されているということになります。ただし、生きている人間は煩悩まみれなので、亡くなってからでなければ仏に成るのは難しい。そこで浄土は死んでから行くところといわれるようになったのです。
浄土真宗本願寺派 八王子市延立寺前住職 松本智量師
浄土とは、仏のはたらきそのもの。つまり、阿弥陀仏から私たちを悟りの世界に引き入れずにはいられないという強い思いが注がれているので、阿弥陀仏のはたらきにおまかせしていれば浄土に往生できるということになるのです。また、悟りとは欲望や苦しみから解放され、どのような姿にもなれる状態です。先に逝った人と再会したときに、相手が若く自分が老いているなどと心配をする必要はない、安心して過ごせる世界が浄土です。楽園のイメージもそこから生じるのでしょう。
真言宗豊山派 流山市円東寺住職 増田俊康師
ここが浄土であり、行く場所ではなく悟った心そのものが浄土なのです。密教では大日如来は宇宙そのものであり、私たちが仏(宇宙)と一体になることを「即身成仏」と説き、そこに浄土が現れると説いています。開眼(元から持っていたものに目覚めること)によって現れる世界が浄土であり、それだけ人間の可能性を信じているといえるのです。心の垢を落とし、目のくもりをとることが修行であり、浄土への近道なのです。
日蓮宗 鹿島市護国寺住職 岡本亮伸師
お釈迦さまの仏国土であるこの娑婆世界が浄土です。お釈迦さまと共に私たちが生きている今この場を浄土とするためには、私たちの心が浄らかでなければなりません。皆が仏と成ってこの世を浄土に築くことが私たちの目指すところです。
また、あの世とこの世は一体であり、私たちは仏さまから見守られている存在であり、私たちの祈りの声は仏さまやご先祖さまに届いているのです。私たちは仏と成る尊い存在であることを自覚し、修行に励まなければなりません。
「浄土」のイメージ
仏教では仏さまが住む清浄な国を浄土といい、仏さまの数だけ浄土が存在するので、理解が難しいという現状があります。そこで先ず僧侶と一般人の理解の差を確認するために、受講者から浄土のイメージを付箋に記入してもらいました。「花園や楽園のイメージ」が多数を占め、「あの世・死んでから行くところ」がそれに次ぎ、「修行の場」が数名という結果がでました。
唱題行
日蓮宗の唱題行は「南無妙法蓮華経」とお題目を繰り返し唱える修行法です。
「妙法蓮華経」とは『法華経』という経典の正式名称。「南無」は「帰命(心から信仰します)」という意味です。「南無妙法蓮華経」と唱えるのは、『法華経』に説かれる「誰もが仏に成れる」という教えを「心から信じます」と自分に気づかせる修行です。
繰り返しお題目を唱えることによって、それぞれの心の中の仏の種を芽吹かせ、花を咲かせ、皆で仏と成り、この世に「浄土」を築くための道なのです。
唱題行は、①浄心行…心を整えて唱題の準備をする ②正唱行…お題目を唱え仏と一体となる ③深信行…お題目を唱えた喜びを味わう という段取りで行われます。
正唱行でお題目を唱えた後、深信行で目を閉じて呼吸を整えていると、日常生活で感じることがなかった鳥の声や風の音が、ここが「浄土」だと教えられているように思えます。
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